阪神間の山手住人が話すことば

昔から不思議に思っていたのは、僕の住んでいる阪神地域の言葉のこと。地理的には、大阪と神戸の間に位置するので、大阪弁神戸弁の混合タイプとなるはずですね。

たしかに、そういった関西弁を話す人たちも多いです。しかし、神戸の東灘区・芦屋・西宮、とりわけ山手地域に居住する人たちには、東京風な話し言葉をする割合が多いように感じていました。

いまでこそ、テレビなどの影響で方言が消えつつあります。しかし、昔から阪神間の山手は、純粋な関西弁ではないように思っていました。

僕が通学していた芦屋の公立小学校は、阪神芦屋駅のすぐ南に位置して、山手とは言えませんが、友だちの話す言葉は、大阪や京都に住む僕の従兄弟たちとはかなり異なっていました。かれこれ、60年近く前のことです。

 

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 小田実の『わが人生の時』(1956年)は 1950年代初頭の大阪をえがいている。
作中に阪神間でくらすゆたかな女性の回調をこう論評する男がでてくる。
「日本語の方言の中で一番色気のあるのは芦屋を中心とする阪神間ブルジョア家庭の子女が好んで使用する東京弁つまり疑似東京弁である」

 田辺聖子も『窓を開けますか?』(1972年)にそういう女性を登場させている。
「このひとの言葉は、阪神間で使われる、それも高級住宅地で愛用されている、大阪風なやわらかいアクセントの、きれいな日本語である。あえて標準語といわないけれども、東京風なことばである」

 東京風のアクセントには大阪弁をとどめたしゃべり方が、阪神間の山手にひろがった。ブルジョフのくらす高級住宅地へ普及したと、二人は言う
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井上章一「大阪的」(幻冬舎新書)は、題名通り、「大阪」のあれこれについて語っていますが、その範囲は阪神間にも及んでいて、山手言葉の謎についても解き明かしています。 

  第4章の「美しい人は阪急神戸線の沿線に」にも、なかなか興味深い考察が書かれております。