共通テスト数学Ⅰ、「正弦定理」使わずとも

共通テストが終わって、大学受験生は悲喜こもごも。点数計算をして志望校をどうするか悩んでいる人も多いことでしょう。

うれしいことに、キノシタこの春の大学受験生が一人もいないので、胃が痛くならずに1~3月を過ごせそうです。

さて、昨日「共通テスト数学」を解いてみました。昨年、非難囂々だった「数学ⅠA」、ことしは改善された印象です。

 

第1問(必答問題) [2] (1)の (ⅰ)

 

解答速報(You-Tubeなど含む)では、みなさん真面目に「正弦定理」から sin∠ACBを求めています。模範的な解答です。

 

 

でも、問題文から点Cの位置はどこにあっても解答選択肢からただ一つ選ぶのですから、もっとも簡単に答えられる場所に点Cを置けばよい、と考えが浮かびますね。

これが記述式の答案作成と、共通テストのような(ズルができる)マーク形式解答の違うところです。

キノシタは、点Aと点Cが中心Oを通って直径になるような場所に点C'をマークしました。

線分AC'は直径なのでその円周角∠Bは90°です。

△ABC'は 辺の比が 6:8:10=3:4:5のおなじみ直角三角形となりますから、sin∠AC'B=\frac{3}{5} と一瞬に求めることができますね。 

来年の共通テストは、どんな問題になるのでしょうか?

 

新年早々、メネラウスの威力!

あけましておめでとうございます。

本年もまとまりのないことを書き散らしますが、気がむいたときにお越しくださいますようお願いします。

小生、元日は家でノンビリ過ごしました。お雑煮は白味噌です。

2日からはもうお仕事でした。私以外に、少数ではありますが「コワクラ」利用者お仕事されています。

さて、仕事始めは「4STEP問題集数学ⅡB」(数研出版)の空間ベクトル、124番です。

その(1)。

別冊の解答書は
 < 交点の位置ベクトル  →  2通りに表し 係数比較 >
の方針で 
\vec{OR}\vec{OS} 
を求めています。

長いでしょう!(1)は20行ほどあります。

こここそ、「メネラウスの定理」の出番! 「ここで使わないと、もう使うところないからね」(←酒井くにお・とおるさん?)

四面体の側面を切り取ると、こんな平面図形になります(↓)

この図形に「メネラウスの定理」を使いましょう。

s , 1-st , 1-t を使って連立方程式を解かなくてもすみます。
簡単でしょう! 

 

 

≪2022年私的ベスト1≫

とうとう、3年越しになったコロナ禍。予約していたバスク地方への旅行もキャンセルせざるを得えなくなり、残念なことも多かった一年でした。

とはいえ、わが「BUCKET LIST」にある、信州旧学生村の塩島さんの家再訪ができました。そのついでに、新潟長岡の喫茶「モカ」に寄れたことも、いい気分転換になりました。
また、コロナ流行期の隙間をかいくぐって、娘が孫を連れてきてくれたり、私たちが娘の家に行ったりして楽しい時間を過ごせました。

そんなこんなを振り返って、恒例の今年の≪私的ベスト1≫を発表します。

 

★家庭教師お仕事部門

今春、3名の大学受験生が、見事に現役合格してくれたことです(^_^)v また、当初心配していた小学2年生Aくんの指導も続いていて、ときには予定時刻を過ぎても「あと30分帰らないで~」と言ってくれたりして、とってもかわいいです。
 
★美味しい部門

ことし新たに知ったお店に限定すると、、、、

6月の東京パレスホテルの「ステーキサンド」。11月にも再訪いたしました。やっぱりおいしいなぁ~! 孫(小5)は「このお肉は飲めるように食べられる」とつぶやいていました。

つぎに、香港料理[喜楽](JR芦屋駅北)、9月に開店したばかりです。海鮮焼きそば、うまし! (行儀が悪いけど、残ったわずかなスープもお皿を持って飲み干しました)
この場所は、前は「OKINA」その前は「黄老」という中華料理店でしたので、3番目。この中でいちばんおいしいお店だと思います。
 
★本部門
 <国内部門>
西條奈加「隠居すごろく」(文春文庫)
 時代小説ってめったに手に取りませんが、2019年度本屋大賞第一位に選ばれたのも納得のいい作品でした。読後感がいい!

(次点)
庄野潤三「水の都」(P+D BOOKS)
 「水の都」とは大阪のこと。昔のあきんどの町としての、大阪の人々の暮らしがよく分かる聞き書きふうの小説。読んでいてなんだか懐かしい気持ちになります。
 芦屋、とくに阪急芦屋川駅あたりもよく登場して、むかしの情景が偲ばれます。

<海外部門>
マイクル・コナリー「ダーク・アワーズ」(講談社文庫)
 ハリー・ボッシュは脇役になり、ロス市警ハリウッド分署深夜勤務担当女性刑事レネイ・バラードが活躍。

(次点)
ドナルド・ウエストレイク「ギャンブラーが多すぎる」(新潮文庫
 著者は「悪党パーカー」シリーズの著者リチャード・スタークで、本書は別名義のコミカルミステリです。

 

<参考書部門>
でんがん「元バカによるバカのための勉強100ヵ条」(SB Creative)
 県立芦屋高校卒業生で現ユーチューバー。県芦はごく普通の公立高校。一浪はしたものの、大阪大学に合格したでんがん氏の勉強法。ずいぶん具体的です。たとえば<受験に限った話をすれば「インプットに使う参考書は、教科書だけでいいと僕は思っています。>と、でんがん氏は言い切っています。
 有名進学校生の合格体験記は、もともと地頭がいい人が書いていて、普通の高校生には当てはまらないことも多いのです。この本は、進研模試偏差値50以下の高校生こそ読むべきです。

 

★耳に残った言葉部門 

テレビ朝日「関ジャム完全燃SHOW」の”山下達郎特集”で
「海外でライブをする予定はありますか?」の質問に、山下達郎さんは
「そんなことは考えたことがない」「そんなヒマがあったらもっとローカルタウンに行きます、日本の」と即答。その理由は……

「基本的には、僕らの世代が音楽を始めた時は、たとえば田舎から東京に出てきたらみんなUターンする、Uターン世代だから自分の生まれ故郷へ帰って結婚して子どもを産んで仕事している。僕の場合は、そういう人たちのために音楽を作ってきた自覚がある」

「また、僕がいわゆる70年安保という政治的な動乱の時代に高校生でちょっとそれをかじっちゃった。あとは、音楽に溺れてドロップアウトして大学を途中でやめてバンドを作った。1970年の政治騒乱でドロップアウトした人たちはほとんど音楽をやっている」「1960年安保の世代は文字の世代で雑誌文化は、ほとんどその人たちが創っている」

僕らの音楽のムーブメントは、本来音楽の世界に入らなくていい連中が音楽へ参入してきたので、それがユニークさを生んでいる。

「聴衆と自分の距離が近い。生活者としてのひとつの共同意識がある。そういう具合に考えてやっていかないといけない。僕はそれだけを考えてやってきた。同世代音楽っていうキャッチフレーズをもってますけど、自分と同じ世代のためにやっている。」

「そういう人たちに生活に奉仕する音楽。ポップカルチャーとは基本的に大衆への奉仕と人間が生きることに対する肯定。」

「海外進出とか考えたことがない。そんなヒマがあったら、もっとローカルタウンに行って、そういうところで真面目に働いている人たちのために公演する。それが僕の与えられた役割。」

「じゃないと、自分はなんのために音楽をやっているのか?ドロップアウトして音楽家になったので、<自分が音楽をやる意味は何か>と常に問いかけないと、音楽家としてのスタンスがあいまいになる。それだけはイヤなので、、、」

山下達郎さんの言葉を、テレビの前で思わず正座して聞いておりました。

 

さて、もうすぐ2023年。より良い社会になるよう、はたらき続けたいです。
 

どうして親は子どもを勉強させたがるのか?

長らく家庭教師をしていると、子どもさん自身はそれほど勉強したいわけでなく、保護者のほうがとても教育熱心だったりすることがあります。

その理由を、お茶の水女子大学哲学科の名誉教授で「週刊文春」にいちびった文章を連載している土屋賢二氏は、このように書いています。

(「長生きは老化のもと」より引用いたします。)

...................引用.................

何事にもタイミングというものがある。                     。
結婚相手と一番良好な関係を保てるのは、二人が知り合う前だ。楽器の習得に一番熱意が高まるのは、楽器を買うときだ。禁煙の意欲が最も高まるのは健康診断を受けた直後だ。

学習意欲が一番高まるのは、入学前と卒業直後だ。次のピークは、子どもができたときだ。われわれはこどものころは教育されるのを嫌うが、大人になると教育熱心になる。自分の人生がうまくいかないのは勉強不足のせいだと思うからだ。何と言っても、自分が勉強するよりは子どもを叱って勉強させる方ラクなのだ。
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まぁ、これはちょっと戯画的な推論ですね。

芦屋川と夙川を挟んでの文化の違い

精道中学校の後輩で映画監督の大森一樹くんが亡くなったことは、このブログでも書きました。

eisuukinoshita.hatenablog.com

彼が、同じく精道中学校出身の村上春樹さんの小説『風の歌を聴け』を映画化したことがあるので、村上さんが追悼文のようなものを掲載しないのだろうか、とちょっと期待していたところ、うれしいことに、読売新聞に『大森一樹くんのこと……同じ空気の中で過ごした十代と「駆け出し」だった頃の記憶』と題した寄稿が、載りました。

..............引用........................

大森一樹くんのこと、

 同じ空気の中で過ごした十代と「駆け出し」だった頃の記憶 僕は小学校までは兵庫県西宮市の夙川(しゅくがわ)というところに住んでいて、中学校に入ったときに隣の芦屋市に引っ越した。川(夙川)をひとつ渡るだけの引っ越しで、新旧の住居は距離的にもほんの数キロしか離れていなかったのだが、実際にそこで生活し、地元の学校に通ってみると、「川をひとつ越えただけで、こんなにも生活感が違うのか」と驚かないわけにはいかなかった。言葉も、考え方も、いろんな日常的習慣もちょっとずつ(でも疑いの余地なく)違っているのだ。阪神間というのはかなり不思議なところだなと、子供心にも感心してしまった。山と海に前後を挟み込まれた細長い土地だけに、横にぶつ切りにするとそれぞれに個性、特徴が出やすいのかもしれない。

 大森一樹くん(あえてくんづけで呼ばせてもらうけれど)は芦屋市立精道中学校の三年後輩にあたる。三年違いなので、担任の先生もたまたま同じで、初めて会ったときその話になった。彼の話によると彼は入学してすぐに僕の話を聞かされたということだった。「ハルキさんは伝説的な有名人だったんですよ。ものすごくたくさん本を読んで、すごい文章を書くってことで」と彼は言った。僕はそれを聞いてすっかり驚いてしまった。僕は確かに中学生の頃からたくさん本を読んでいたし、文章を書いて褒められたことはあったけど、いくらなんでも「伝説的な有名人」はないだろうと。でもとにかく大森くんの話ではそうなっていた。

 最初に会ったときから話は合った。なにしろ「横にぶつ切りされた」小さな街で、同じ空気を吸って十代を過ごしてきたのだから。そしてまた二人とも映画が好きで、神戸の映画館のことならば隅々まで知っていた。とくに場末の映画館が我々の好みだった。安い料金で二本立てか三本立ての見られるところ。芦屋会館というおそろしくうらぶれた映画館(街の雰囲気にはそぐわなかった。今はもちろんない)で『007危機一発(「ロシアより愛をこめて」の当時のタイトル)』を見たという経験も共通していた。

 彼は小説『風の歌を聴け』を映画化したいということで、僕に会いにきたのだが、当時の我々はどちらもまだ「駆け出し」の時期だった。彼は『オレンジロード急行』『ヒポクラテスたち』で本格的映画監督デビューを果たしたばかり、僕は処女作『風の歌を聴け』を出版したばかり、立場もだいたい似たようなものだった。僕は『ヒポクラテスたち』を見て、その感性の新鮮さにすっかり感心してしまった。彼もまた僕の本のことを気に入ってくれていて、「この世界はきっと僕にしか描けません」みたいな話になった。同じ空気を吸って育ったものとして、ということだ。

 映画『風の歌を聴け』で大森くんはいろいろと実験的な試みをおこなった。『ヒポクラテスたち』とはぜんぜん違う世界を描こうとした、ということなのだろう。フランスのヌーベルバーグの手法を積極的に取り入れたり、とにかく斬新な感覚を駆使して僕の小説世界を映画に移し替えようとした。それが意図通り面白い効果を上げている箇所もあったし、今ひとつうまくかみ合っていないと感じられる箇所もあった。この作品の世間的な評価がどうだったのか、商業的な成績がどうだったのか、そういうことについて僕はほとんど何も知らない。ただ評価が賛否両論であっただろうということはおおよそ想像がつく。

 僕がこの映画で個人的に評価するのは、大森くんが「後先考えず」にとでも言えばいいのか、とにかくやりたいことを若々しく、自由にやってくれたこと、そして真行寺君枝小林薫巻上公一という個性的な三人の若い俳優を起用し、生き生きと上手に動かしてくれたこと、その二点だ。僕がこの映画に関して言いたいことは、そこにつきると思う。

 その後、大森くんは東宝ゴジラ・シリーズなど、数多くのメジャー映画を手がけ、ヴェテラン監督として活躍したようだが、僕はしばらく日本を離れて生活していたこともあり、その作品をほとんど見ていない。だから彼の映画監督としての業績をまとめて俯瞰(ふかん)するというようなことはとてもできそうにない。僕がありありと記憶しているのは、彼と最初に会ったときのことで、そのとき僕はたしか31歳、彼は28歳だった。二人とも(おそらく)怖いもの知らずで、自分が吸い込む空気の確かさを信じていた。そのことを懐かしく思う。そして少しばかり切なくなる。

 映画監督といえば僕が学生時代、水道橋のジャズ喫茶で一緒に働いていた小林政広くん(『春との旅』)も今年の八月に亡くなってしまった。当時の彼はまだ高校生だった。僕より年下の才能ある人々が、こうして先に世を去っていくのを見るのは惜しく、そして悲しい。

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才能豊かな2人の出会いの追想が、うまく伝わってきますね。

さて、ここで村上さんは、
<中学校に入ったときに隣の芦屋市に引っ越した。川(夙川)をひとつ渡るだけの引っ越しで、新旧の住居は距離的にもほんの数キロしか離れていなかったのだが、実際にそこで生活し、地元の学校に通ってみると、「川をひとつ越えただけで、こんなにも生活感が違うのか」と驚かないわけにはいかなかった。言葉も、考え方も、いろんな日常的習慣もちょっとずつ(でも疑いの余地なく)違っているのだ。阪神間というのはかなり不思議なところだなと、子供心にも感心してしまった。山と海に前後を挟み込まれた細長い土地だけに、横にぶつ切りにするとそれぞれに個性、特徴が出やすいのかもしれない。>
と語っています。

はて? これと同じようなことを誰かが言っていたぞ、とあれこれ思い巡らすと、文藝別冊「中井久夫」(河出書房新社)の対談記事(2013年5月3日、神戸での中井久夫さんと原武史さんの3時間に及ぶ対談)にあることを思い出しました。

..................... 引用 ...............................

原武史:話は変わりますが、阪神間を走る阪急神戸線の文化が、駅によってこんなにも細かくきれいに分かれるということを知らなかったので、初めて中井さんの書かれた「阪神間の文化と須賀敦子」を読んだときには驚きました。
 関東でこういうことが言えるんだろうか、と考えると改めて違いに気づくんです。たとえば東急東横線で言っても、自由が丘はこうだけど田園調布はこうだとか、そういうことが言えるわけがない。その違いの理由のひとつは、やっぱり地形ですよね。地形がたしかにくるくると変わる。それは阪急神戸線に乗っているとわかる。関東の場合はしょせん関東平野ですから、多少アップダウンはあるけれど、基本はそんなに変わらない。あきらかに西官北口と夙川と芦屋川では景色が違うんですよ。一駅行くだけで言葉まで違うんだと、本当に驚きましたね。村上春樹もたしか夙川ですね。ちょっと独特な文化があるのかな。
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私の体験で言うと、夙川と芦屋川の間にもう一本、宮川という小さい川があります。
その宮川の西側(精道小学校地区)と東側(宮川小学校地区)ではなんとなく違うなぁ、と両小学校が混合する精道中学校で感じたのを思い出します。ほんの小さな川を挟むだけで、微妙な違いが生まれるなんてふしぎです。

 

韓国が36位、日本は80位

いっこうに進歩しないが、執念深く続けている「DMM英会話」
先日、教材の Daily News に、こんな記事がありました。

タイトルが『South Korea Ranks 36th for English, Japan 80th』
英語力で韓国が36位に、日本は80位だ、という内容です。

...............引用....................

Japan's national score is 475, putting it in the "low" proficiency band along with countries like Turkey, Sri Lanka and Colombia.

Seoul has the highest proficiency score of South Korea's cities with 580, while Tokyo is the number one city in Japan with 522.

(日本の国別スコアは475点で、トルコ、スリランカ、コロンビアなどと並んで「低い」習熟度グループに入っている。)

(ソウルは580点で、韓国の都市の中で最も高い習熟度スコアを持っており、東京は522点で日本で1位の都市となっている。)

......................................


日本の英語力が、トルコ、スリランカ、コロンビア並み、お隣の韓国に負けている! こりゃなんとかしなくては、と大人たちがいきり立って、小学校で英語教育が始まったのでしょうかね? 

近所の公園には、英語しか使わない保育園の子たちがやってきます。幼児用英語教室も盛んです。

でも、英語教育の専門家として有名な鳥飼玖美子さんは、「子どもの英語にどう向き合うか」(NHK出版新書)の帯で、こう書いてます。

「英語塾に焦って行かせなくても、大丈夫。母語を育てることが、将来、使える英語につながります。」

 

アジアで英語ランキングのトップ10に入っていても、それらの国がすべて産業の豊かな国とは言えません。

私見ですが、英語の力以上に国の土台として重要視しないといけないのは、理科や数学など科学の力ではないかと思います。もちろん、国語の力もです。

 

数学が分からなくてもアホちゃうよ

まだ若いころ、勉強を教えていて

「えっ?なんでこんな簡単なことが分からないのだろう?」

と思ったことは何度もありました。

でも、いまでは少々のことではビックリしません。

最近も、高校2年M君が、こんな式を書いています。

 

 

分数が苦手で、たとえば、「\frac{1}{0}」 と 「 \frac{0}{1}」 の違いについては、繰り返し説明をしてきたのですが、いまでも  \frac{1}{0}=1  になるときがあります。

正しい答になるその理由を説明すれば、ちゃんと理解できるのです。しかし、時間が経つと、「あれあれ? れれれ……」となってしまうのです。

数学全般に劣っているのではありません。定期テストではほぼ平均点。でも、分数は怪しいのです。

 

ごくごく希に、受け答えはまったくふつう他教科の成績は悪くないのに、算数・数学だけがどうしても成績が低迷する生徒さんがいます。


小島 寛之「数学でつまずくのはなぜか」(講談社現代新書)に「数を理解できない天才少女の話」として、こんなことが書かれています。ちょっと長い引用です。

 

(文中の遠山とは数学者で数学教育でも著名な遠山啓のことです)

 

....................引用..........................


数を理解できない天才少女の話

 遠山の教え方のほうが、こどもたちに数というものを理解させやすいのは、事物が本来備え持ている「数」という属性を、うまく利用するからである。事物の側に 「 同数であることがわかる」という属性あり、こどもたちの側にその属性を受けとる感覚器が備わっている、それが数を理解できる原因なのだろう。だとすれば、これもまた一種のアフォーダンスである。

 このことをより深く理解してもらうために 一つの実例を紹介しよう。それはサマンサ・アビールという学習障害者の話である。彼女は著書「13歳の冬、誰にも言えなかったこと  ある学習障害の少女の手記』で、自分が数概念を認識できない障害を持ていること、そのためにどんなに苦しんだか、そしてその苦しみをどう克服したか、その体験を告白している。

 この本は、「二十五歳なのに時計も読めないわたし、電話をかけるのも、お金の計算や小切手の収支合わせをするのもやっとなら、レストランでチップを払うのも、方向や距離感をつかむのも、毎日の生活で加減乗除の計算をするのも苦手」という衝撃的な言葉から始まる。

 アビールは生まれついての学習障害を持っていた。それは、たぶん「数認識」にまつわるものだと思われる。数の大小や加減乗除がわからない。時計が読めない。お金の勘定ができない。また、単語のスペルを覚えるのも困難である。しかし彼女は知的障害者ではない。「数認識」以外は正常であり、むしろ普通の人より優れた才能を持ってさえいた。その証拠に彼女は、十五歳で最初の詩集を出版し、全米で話題を集め、賞を受賞し、各地で講演会を行っている。また、第二作にあたるこの『13歳の冬、誰にも言えなかったこと』は、現在の彼女の文章と少女時代の日記から成るが、どちらの文章も理路整然として論理的であり、文章を読む限り、そのような深刻な障害を負ているようには全く見えないのである。

 彼女の体験は、人間の数認識の仕組みを知る上で、重要な手がかりを与えてくれる。
 彼女の最初のトラブルは、小学校二年生のときに起きた。彼女はそれを以下のように書き記している。

 それは、大きなロッキングチェアに腰掛け、腕を使って時計の形を作っている先生を囲んで座っていたときのことだ。先生は、両手を時計の針代わりにして、生徒たちに時計を読み取らせようとしたのである。ちょうど何時なのか、十五分過ぎなのか、三十分過なのかを答えさせようとしたわけだ。その授業では、頭が混乱して居心地が悪くなってしまったのを覚えている。先生の質問がさっぱりわからなかったからだ。

 彼女は、時計が読めないことにこのとき気がつき、その後もずっと、そして大人になってさえも、読めないままである。興味深いのは、彼女は「数字を時刻に結びつけられない」だけでなく、「実際の時間の経過」もほとんど認識できない、という点である。そもそも「物理的な時間」を感受することできないのか、それとも記号で抽象化して受けとることができないことから「物理的な時間」をつかめないのか、それはこの本からは読み取ない。

 彼女が数の計算の困難に直面したのは、同じ小学校二年生のときで、当時のことを次のように記述している。

 母が最初に引いたカードは、「5-2=?」だった。わたしは、カードと赤い記号をじっと見た。「-」が引き算を意味していることは思い出したのだが、それ以外の意味はさっぱりわからなかった。頭の中は、真っ白になっていたのだ。わたしは一生懸命計算しようとしたが、空っぽのファイルキャビネットの中をさがし回っているような感じだった。
(中略)
「じゃあ、ここにカードは何枚ある?」
 わたしはカードを数え上げ五枚」と答えた。
「正解。じゃあ、ここからカードを二枚取ったら、何枚残る?」
「えーと、三枚でしょ?」
 混乱しながら、わたしはもう一度、そう答えた。正直言って、わたしには母の質問がまるでわからなかった。

(中略)

「5ー2は、3よ。いい、はじめにカーが五枚あってそこから二枚取ったから、残りは三枚になったの」

 わたしはもう一度、母の顔をぽかんと見つめた。母の説明を聞いて  一生懸命わかろうとしたが、その言葉からは、意味がよるで読み取れなかった。論理の流れについていけなかったのだ。


 ここには、「数え主義」や「集合算主義」を考える上で、とても象徴的なことがいくつも含まれている。まず、彼女は「数を唱えること」自体はできる、という点だ。彼女は、数を唱えることはできるが、しかし、「数とは何か」ということがまるでわかっていない。その感じが実にき活きと描写さている。

 次に、母親はカードという具体物を使って、数とその引き算を教えようとしているのだが、彼女はカードから「数」という属性を抜き出すことがまるでできていない。彼女にはカードはカードでしかない。五枚と枚数を答えたときは、単に暗記している数詞を唱えただけなのである。その上、「カードを取り去る」ということを抽象化したものが「引き算」という演算である、ということが全く捉えられていない。

 そして最後に、これが最も注目すべき点だが、この引用文は彼女本人の少女時代の日記であり、自分が「数を認識できない」という事実を、これほど的確にきわめて論理的に描写できている。つまり「メタ」のレベルでは、彼女は「数がわからない」ということがきちんと把握できてるのである。

 もう一つ、彼女が、お金にまつわる認識ができないことを告白している部分を引用しよう。

 これは高校生のときの日記である。

 店員が「一五ドル二八セントです」と言ったので、財布を開いてみた。すると中には、二〇ドルが入ていた。それでは足りないかもしれないと思ったわたしは、時間かせぎに店員の言った値段をおうむ返しに繰り返した。
 (中略)
 わたしは財布を覗き込むと、一瞬ためらってから、二〇ドルを取り出した。その瞬間、心臓が止まった感じになった。音という音は、消え失せてしまった。店員に二〇ドル札を手渡し、その反応をじっと観察していたときは、すべての動きがスローモーションにでもなったかのようだった。二〇ドルでは足りないという暗黙のサインを読み取ろうとしていたのだ。

 この記述でわかることは、彼女はお札に書いてある数字はわかるが、それを「金額」という数として認識ができず、だから大小を比較できない、ということだ。もっと正確に読解するなら、金額には大小があって、代金と同じかそれより多い金額を支払えばいいことは理解できている。しかし、そのことと、お札に書いてある数字とを結びつけることができないのである。

 彼女のこの体験からわかるのは、「数がわかる、ということは、頭の良し悪じと直接関係するわけではない」ということである。彼女は優れた知性を持っているが、数認識のパーツだけが機能していない、そう考えるの正しいだろう。

 この理屈を逆さまに用いるなら、こう言える。普通のこどもたちが数をわかることができるのは、「真白な頭」に教師によって上手に書き込まれたからでも、こどもたちが努力して理解したからでもなく、事物に備わる「数えられる」というアフォーダンスを受理する機能が、こどもたちに生まれつき備わっているからなのである。数は(アビールのような例外を除けば)はじめからこどもたちのなかにあるのだ。そして、それは事物の属性とて現れるのである。

............................引用終..............................


いままで、私が受け持った多くの生徒さんのなかで、アビールのような算数障害ではないかと思ったのはお一人だけです。

冒頭の簡単な分数をしょっちゅう間違える高校2年M君は、めんどだから思いつきで適当に答えているのであって、算数障害ではありません。

さて、最近の文科省の調査で、発達障害といわれる生徒の割合が、8.8%であることが明らかになりました。私は、発達障害と診断された生徒さんを、お一人長らく担当した経験がありますが、彼は数学Ⅱまで勉強できました。

発達障害だから数学ができないわけでもありません。また、算数障害だからといって知的な能力が劣っているわけでもありません。

○○障害と安易にレッテル張りをしてしまわず、どんな子にもその子にふさわしい伸ばし方がきっとあるはずだと思います。