誕生日に勢古浩爾「定年後7年目のリアル」(草思社文庫)を読む(^^;)

きょうは、キノシタの誕生日(^_^)v 67歳になったんです。

毎年、誕生日をうれしく迎えております。「誕生日はうれしくない、また年とるから」という同年配もいらっしゃる。でも、僕は誕生日を子どもの頃以上に、目出度いと思います。

幼少の頃は、病弱でした。長生きできないかも、と思われてました。同窓会名簿でも物故者の欄がちょっとずつ増えている。なのに、まだキノシタ生きております。

芦屋[plein]のバースデーケーキとステーキ2枚(^^;)でお祝いをしてもらい、ほんとに有難いことですねm(_ _)m


.......................... P50から引用....................................

第二章 じじいで悪かったね

 <好きでじじいになったわけではない>

 六十七歳というのは、じつに中途半端な年齢である。思い出せなくなりそうだ。ただ、六十歳だったのが六十七歳なったからといって精神的・身体的にどこかで極端に衰えたな、老け込んだな、と自覚することはほとんどない。まあ一、二、思い当たることがないでもないが。しかし、いくら自分では老け込んだ気がしないと思っていても、確実なことは六十が、六十七になったという事実である。もうほとんど七十だな、と思う。

 例えば人に年を訊かれて「六十」と答えるのと「六十七」と答えるのとでは、向こうが受け取る感じに違いがありはしないか。「六十」なら、ああ還暦か、まだ老人の入り口だな、ぐらいですむと思うが、「六十七」だと、うわ、もうほとんじじいじゃないか、となりそうな気がする(訊く人の年齢にもよるだろうけど)。それでもたいていの場合、そのあとに「それにしちゃ、若いですね」とか「見えないね」といわれて、それが救いといえば救いではあるが、なんだ救いって?

 行政区分によると、六十五から七十四歳までが前期高齢者、七十五歳以上が後期高齢者である。わたしはすでに前期に突入している。が、こんな区分は、おれたちはまだ若いもんね、と思っている役人たちが、医療費をどう削減するかという老人対策の観点から勝手に考えたもので、われわれはまともに受けとめる必要はない。いつまでもお元気でね、というのも、ビンピン生きて、死ぬときはコロと逝ってね、そうすると国家の医療費負担が随分助かるから、という以外のことではなく、老人や老人予備軍のわれわれのことを本気で心配しているわけではない。

 ただそれはそれで、当然なことである。文句はない。なにしろ年寄りが山のように増えてしまったもんだから、国も大変なことだろう。今や国民の四人に一人が六十五歳以上の年寄りだ。日本国できてからはじめて経験する未曾有の事態である。
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キノシタも、「それにしちゃ、若いですね」とか「見えないね」といわれます。でも年相応ということが大事かも。

これからもう少し生きていられるとしたら、どんなじいさんになればいいのか、試行錯誤が続きそうです。