学生課の金城さん

雑誌「popeye」(2018年3月号)の特集は、<二十歳のとき、何をしていたか?>。

さまざまな分野でいまでは有名になっている人たちが、どんな青春時代を過ごしていたのか、インタビューに答えています。 

 

大きな夢があったり、何をしていいのかわからずさまよっていたり。失望や挫折、チャンスと成功。もがいたりすべったり。若者におすすめの一冊です。

とは言え、わたくし七十歳を超え、もはやこの本は手遅れ。いまさら人生の軌道修正はできません。

それでも、やっぱり面白い。たとえば、劇団「夢の遊眠社」(1992年解散)の中心人物だった野田秀樹さんの青春時代。

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「つかこうへいさんの劇団が爆発的な人気が出てきて、使っていた青山の『VAN99ホール』という劇場を移ることになって、そこを使う次の劇団をオーデイションすることになったんです。そのタイミングで、劇団名をつけることなり、『夢の遊眠社』が旗揚されたんです。無事オーディションに受かって、それがちょう二十歳の頃」

独特の言葉遊びと前出のハーなトーニングが生み出した肉体による舞台は、少しずつ話題になっていく。

「お客さんが一気に増えて『やれる』という感覚が生まれたのが22 歳になたとき。その頃に7500円の部屋に引っ越したんです。畳と押し入れが少し綺麗になった」

何十年も前の部屋のディテールを覚えているなんて、よっぽど嬉しかったのだろう。「夢の遊眠社」は "時の劇団”になってきたとはいえ、あくまで東大の学生。

「劇場の暗幕足りないときは、学校中の暗幕を勝手に引き剥がして使ったり、大道具が入りきらないときは天丼に穴を開けたり、やりたい放題でしたね。もちろん怒られるんだけど、学生課の金城さんという方が始末書を持てきて、それを書くとだいたい許される。それから、なにかあるたびに金城さんが始末書で助けてくれるから、味をしめたんだろうね(笑)。

あるとき、セットに木の電柱がほしいと思って探していたら、後輩が『落ちてます』って言うので見に行ったんです。そうしたら、本当に大学構内の道路に落ちてて。舞台には少し長いから短くしようとノコギリで切っていたら、電気屋のおじさんたちが来て『なにやってるんだ!』と、すごい勢いで怒っているわけ。『あそこに落ちてたんです』と説明したら『電信柱が落ちてるわけねえだろ! これから工事するから置いておいたんだ』って(笑)。今考えるとそのとおりなんですけど。

あとは、芝居が終わって千穐楽の日に、廃材を燃やしてみんなで焚き火をしてたら、大学の木に燃え移ってしまったり……。でも、それもこれも最終的には始末書を書けば解決してた。本当に金城さん、申し訳ありませんでした」

大学生生活6年目「劇団に熱中しすぎて単位を取る暇がなかった」と、24歳で大学を中退することに。あの優しい金城さんですら「学生じゃないとさすがに助けられない」と最終通告。これを機に学生を完全に“卒業”して“演劇の道”をひた走るのみ。とはいえ一瞬たりとも就職が頭をよぎったことはなかったのか。

「ずっと劇団の中心を担っていたし、就職していく仲間を行くなと説得する側だったし、演劇をやめるなんて考えたことがなかった。それに、最初から、なんとなくやれるっていう変な自信はあったんですよね」
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この学生課の金城さん、えらいなぁ! 

若者の背中を押せる大人は少なくありません。でも、彼ら彼女たちの尻ぬぐいをなんどもできる心の広い大人はそれほど多くはいません。

70過ぎても雑誌「popeye」、勉強になります。