森清氏「仕事術」(岩波新書)

タイトルから、いかに仕事をうまくこなすか的なハウツー本のようですが、もう少し深いところから、いかに仕事に向き合うかを説いてきます。

仕事術 (岩波新書)

仕事術 (岩波新書)

<待つ辛さと側にいてあげる愛情>

学校で教えていたとき同様、家庭教師をしていて難しいのは、まったく勉強しようとしない生徒さんを受け持ったときです。成績もなかなか良くなりません。ついつい焦っていろんな手でやる気を引き出そうしがちですが、見透かされてうまくいかないです。すでに何人かの家庭教師さんがあの手この手を試みて、さじを投げた後を担当することもあります。

でも、やる気がないけど内心ほんとうに焦っているのは生徒本人です。「いやだけど勉強しないとなぁ〜」と思っています。

たまに「もうすこし僕と勉強を続ける?それとも少し中断してみる?」と聞くと「う〜ん……止めない」。「じゃ、もうしばらく続けてみようか、いやになったらいつでも止めていいよ」と言うと、ちょっと安心した表情になります。

小学受験や中学受験でガンガン勉強させられた子に案外多く見られる状況ですね。特効薬なんてありません。ひたすら待つ。「やらなきゃしかたがないな」と本人が覚悟を決めるまで待つ。あとで困らないように、最低限の基本学習事項だけは身につけさせて、ただ待つ。「やらさているんじゃない、自分のためにしなくては」と思うようになるまで、見捨てないでひたすら待つ。待つのって楽じゃないんです、とても辛い時間です。


............................ P217より引用 ....................................

 看護の実習などでたじろぐ若者を前にして鈴木恵子は、彼らに試練を与えながらぎりぎりのところで示唆を与える教育をしているという。
「学生は自分がしたことのはねかえりを痛みとして感じながら学びますので、患者さんのよりよいケアを受ける権利を守りながら学生がパニックにならない限界まで待ちます。この、どこまで待つか どこで教師は手を貸すかというのが臨床指導で一番難しいところです。早く手を出すと、学生はなんとかなると思ってしまいますから。痛みを経験する学生の、痛みを感じている間、その学生の側にいてあげる。そのことを責めるのではなく、そのことから大切なことを学ばせて頂いているのだということを教えていこうと努めています」

 職業の世界で人を育てるには、この「待つ辛さと側にいてあげる愛情」が大切だ。すでに第二章であげた小川や藤井なども、熟練技術を若者に教えるときに同じような工夫をしていた。木や機械を対象とする仕事で教育する場合と、人を相手に仕事をする者を育てる場合とでこのように共通点のあることは、そこに育むことの基本がひそんでいることを示唆している。
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どうして辛抱強く待つことができるのか? それは、下の文章にあるように
<教員は生徒にどれほどの愛情を感じているか>
と、深く関連しています。愛情なくしてその子の成長を待つことはできないのです。


.............................. P219より引用 ...................................

池田潔の『自由と規律︱イギリスの学校生活』(岩波新書一九四九年)はこれまでに何回か読み直してきた書物だが、短大に勤めるようになってからも二度読んだ。その本に出てくる教員にわたしは容易に近づけないけれども 読むたびに教員は生徒にどれほどの愛情を感じているかで勝負が決まるように思わされる。自分のこととしてはそう努めているとしか言えないけれども教員として大切なことと思う。

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(懐かしいなぁ!池田潔『自由と規律』。半世紀前の高校合格時、入学式までに読了するように与えられたのが「自由と規律」と「福翁自伝」(岩波文庫)でした。なんでこの2冊なのかなぁ? 今となっては、内容を何にも覚えていませんが

さて、何歳までこの仕事を続けるか、自問することがあります。ただ言えることは、生徒に愛情をもてなくなったとき、きっぱり止めなくてはなりません。